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2006.1.29

1月27日,1月28日と岡山へ皮膚科の膠原病研究会へ行ってきました。本職の膠原病の話に専念できて少しリラックス。

当教室の抗リン脂質抗体症候群の指端壊疽で発症した皮膚筋炎と抗アミノアシルtRNA合成酵素抗体症候群のまとめの発表はよくまとまっていて,当教室の実力をアピールできたと思います。それにしても,全体に皮疹の名称や分類にこだわり過ぎた発表が多くて,患者さんの予後や治療を深く考えていない発表が目立ったのが気になります。質問しても「内科の先生が決めたから。」では,「皮膚科ももっと頑張れよ。」と言いたくなります。

またまた初期臨床研修の話に戻ります。いくつかの改革案(今はナイショです)を考え,ようやく見通しがついてきました。後は全学的な協力を取り付けて前進あるのみです,2~3年後には,「日本一の大学プログラムは金沢。」と言ってもらえるよう頑張ります。パワーで乗り切れた気分です。エネルギーをもらって頑張ろうと思います。

2006.1.23

個人的なことですが,昨日一昨日センター試験でした。我が娘も今年受験です。ちなみに医者には絶対なりたくないとのことで文系志望です。お父さんは文系でもよいから,どこかの大学に推薦で行ってもらいたかったのですが,娘は父親に似て頑固で,どうしても受験すると言ってききませんでした。上の息子は経済学部4年生で金融工学を勉強して来年大学院修士課程です。ゼミで「友達のようで,かつ心から尊敬できる先生に出会って自分の進路が決まった。」と言っています。

明後日,2年目の研修医と飲み会を企画していますが,本当に不人気で人が集まりそうにありません。なんとか来て下さい。

ついで,臨床のことも少し書きます。入院中の膠原病の重症患者さん,シクロフォスファミド・パルス療法が効いて峠を越えました。医局員のパワーで乗り切れた気分です。エネルギーをもらって頑張ろうと思います。

2006.1.19

最近は研修システム改革の作業で毎日帰宅は12時過ぎです。(平均睡眠時間3時間ですね)ともかく,3月までにはプログラムを改革しないと。時間が足りません。
昨日BSLの5年生に「改革って言っても私達の学年は間に合わないんでしょ。」と言われてショックでした。でも,必ず間に合わせますよ。

6月のヨーロッパリウマチ学会から,講演依頼が来ました。強皮症の病型分類と治療の話をしてくれとのことです。大変名誉なことです。
イタリア人の友人,Marco君(米国の留学先が私と同じで,いわば私の弟弟子です)よりの推薦で,日本での2007年の国際強皮症ワークショップの宣伝も出来るのでラッキーでした。

現在,毎年新春恒例の医局員インタビューが進行中です。この教室は本当にファミリー的な雰囲気で,紹介先の人事もみんな喜んで受け入れてくれています。若い人からエネルギーをもらって頑張ろうと思います。

2006.1.15

昨日,私にとって1年間のうちで1番大切で長い日が終わりました。第9回強皮症研究会議兼厚生労働省強皮症研究班班会議です。
強皮症研究会議は,8年前に強皮症の研究に関わる有志が集まって始めた勉強会です。今年も全国から50題の演題が集まり,午前8時45分から午後7時まで熱心な発表と討論が続きました。

今年の幹事会では,ホームページの作成を外注して,もっと患者さんにもホットなニュースを提供できるようにしようという事になりました。
例えば,アメリカの学会で発表された新しい治療法についてもリアルタイムで患者さんに伝えられるようにするつもりです。

また,幹事の先生全員が来年私が会長を務める「E. Carwile LeRoy教授追悼国際強皮症ワークショップ」のローカル・プログラム委員のメンバーとして協力してくれることになりました。国際学会まで,あと1年4ケ月。来月中には招待講演者にInvitation Letterを出します。次世代強皮症研究者を育成するための学会にしたいと思います。

2006.1.13

一昨日の病院運営会議で正式に初期研修の改革委員会の設置が決まり,その日のうちに第1回のワーキングも開催。外科と内科の2人の助手が本気で手助けしてくれるのが分かり,心強くなりました。
特に会議の中で次回から学生の参加を求める事になったのは素晴らしいアイデア。

残念ながら,ワーキング内でも危機意識についての温度差があるのは事実のようです。でも,ここ2日間で何人もの先生から応援してくれてると言われて勇気百倍。3日連続で日付が変わってからの帰宅になり,ちょっと気持ちがテンパッているかもしれません。それでも,ペースが落とせないのが私の性格。

ところで,来週から恒例の新春医局員インタビューを始めます。みんなの気持ちをまとめるのが私の仕事なので,教室の方の仕事も頑張らなければ。

2006.1.8

日本皮膚科学会の専門医試験委員会が6日金曜,夕方5時から7日土曜日,夕方5時まで,都内某ホテルで開催されました。通称「24時間委員会」と呼ばれていますが,今年もきっちり24時間を費やしました。(もちろん,食事と寝る時間は中断しましたが,その他は休憩も全く無しです)全国から集まって熱心に作業に参加してくれる8名の委員の先生方と日皮会事務局の事務の人に感謝感謝。ちなみに専門医試験の委員長になってから6年目になってしまいました。

昨年の合格率は76.9%でしたが,分析してみると不合格者の3分の2が2回以上続けて不合格となっている人で,新規受験者の推定合格率は90%。今年も前回の問題を全問不合格パターン(不正解者はどこを間違えたのかの分析)も含めて検討しましたが,過去問とほぼ同じ問題でも80~90%の正解率止まりの場合が多く,10%の人は過去問すら勉強していないようです。
日本皮膚科学会の専門医は内科などの認定医と異なり,研修指定病院の指導者資格としても必須なので,他科の指導医と同格のレベルのもので,76.9%の合格率でも決して低くはないと思います。

委員会2日目は,今年の候補問題のブラッシュアップを行いましたが,約250題を検討するのは大変な作業。でも,8人の委員の先生も,良い皮膚科専門医を選別するためという共通の目標を持って頑張ってくれているので,冗談も交えながら結構楽しんでいる雰囲気でした。お互いの作成問題を誉めたり,けなしたりして・・・。「あんたの問題はおたく問題だよ。」なんて平気で言っています。
来年は何とか選択問題についてはマークシートを導入しようという事にもなりました。理事会で認めてくれるとよいのですが。

これから,更に問題の整理をするのが私の仕事。何とか明日から始めようと思います。

差し障りの無い範囲で,専門医試験のこともブログで紹介していくつもりです。

2006.1.4

今日から仕事始めです。今日の外来はアトピー性皮膚炎の再診の患者さんを中心に約30人。北陸以外からの人も数名いましたが,みんなそこそこコントロールされていて,比較的ストレスの少ない外来でした。

正月に読んだ新潮新書「戦後教育で失われたもの」(森口朗著)の感想を書きます。この本で書かれていることは,今我々が直面している初期研修医システムにあまりにも合致しており,「初期研修システムで我々が失いつつあるもの」が予言されているような気持ちでした。
特に印章に残った部分を2つ書きます。

「結果の平等」は見果てぬ夢。

今の初期臨床研修は一定期間の選択科目があるとはいえ,画一的な到達目標を掲げ,結果の平等を研修病院と研修医に求めています。本来社会人であり,将来の方向性の全く異なる若い医師達,すなわち研究志向の人から実家の家業である医院を継ごうという人まで,同じ「カリキュラム」を押しつけています。優秀な生徒を優遇することが誤りであるとした戦後教育と,専門的研究志向の医師は不完全製品であるとする今の政策には共通性を感じます。

共同体の本質は不条理にある。

大学の医局という組織も不条理な組織です。この本では,「不条理を教育の力で正すのが戦後教育の役目であった」が「人々は共同体への郷愁を捨て切れなかった」としています。大学の医局という不条理を研修システムで破壊させるのが今の政策なのでしょうか。その結果,僻地医療へ貢献してきた医局の力は弱まり,「予期せぬ医師の引き上げ」が起こりました。

皆さん,更に詳しいことは自分でこの本を買って読んでみて下さい。
私は不条理の世界である「金沢大学皮膚科教室」を心から愛しています。また,教室のみんなが同じ思いだと信じています。

2006.1.1

あけましておめでとうございます。
今日からブログを始めることにしました。

大学病院の教授なんて,世間的には「白い巨塔」のイメージもあって偉そうにしているように思われるかもしれませんが,実情は中小企業の社長さんと同じで,お客さん(患者さん)と社員(教室員)に気を使ってばかりの毎日です。

昨年の最終日12月28日は,医学部の5年生,6年生との飲み会で終わりました。金沢大学付属病院の初期研修システムの不人気は相当なもので出身大学者のマッチング名は全医大中の下位から4,5番目です。病院長から,改革委員会の責任者を任され,早速学生の意見を聞き取る為に飲み会を自腹で設定しました。急な話で,しかも暮れも押し迫っている中,5年生,6年生合わせて17人も集まってくれて,研修システムの意見を交換しました。
教官側が本気で改革に取り組めば,みんな大学に戻ってきてくれるかも。当大学の教官に初期研修システムの不人気についての危機感が足らないように思います。

さあ,今年も世界のトップを目指して教室員全員と頑張りたいと思います。
昨年暮れにテレビでマラソンの高橋尚子が色紙に書いた言葉を書き残しておきます。

「二度と来ない今日という日を全力で輝かせたい。」

ちなみに彼女は,40歳代,50歳代の中年のおじさん達にも同じ様に頑張ってもらいたいと言っていました。51歳の私も「今日という日を輝かせるぞ!」
(この部分を家族に見せたら,恥ずかしいから消してくれと言われました。でも,書きたいことを書くのがブログですよね。)

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